こんにちは。
@pooh_1960です。
もう一週間も前の話しになりますが、イオンシネマ御経塚(イオン御経塚)で行われた『かぐや姫の物語』の試写会に行ってきました。
高畑勲監督『かぐや姫の物語』
素朴な柔らかなタッチの人物と美しい自然の絵が印象的。
アクションやSfではないので息もつかせぬという感ではなく、物語に沿って自分自身の頭の中でいろいろな思いが動き出し、あっという間の137分でした。
「かぐや姫」という名がつく前の、かぐや姫の生活や風景は、私の生まれ故郷の風景や生活を思い出させ、意識はしばし幼いころへ飛んでいきました。
竹取の翁は現代日本人の象徴であると思った
山で、竹を取りそれを加工して生業をたてていた、竹取の翁がなぜ都へでて、貴族然とした暮しをしたのか。
今までも疑問に感じないではなかったのですが、この映画で納得。
そういえば、原本の竹取物語でもちゃんと書かれていました。私の記憶になかっただけ。
かぐや姫を見つけたあと、竹取の翁は竹から黄金を見つけていたのですね。
竹取の翁、竹を取るに、この子を見つけてのちに竹取るに、節を隔ててよごとに金(こがね)ある竹を見つくること重なりぬ。かくて翁やうやう豊かになりゆく。
竹取の翁はお金を手にしたゆえに、かぐや姫への愛情が、かぐや姫自身の思いとは全く相容れぬ形になっていってしまう。
その、かぐや姫への愛情、自らが思い描くかぐや姫の幸福が、本人が望まぬもの、幸せにしないものだと、気づく機会が何度もありながら、かぐや姫を失うまでわからない。
失って初めて自らの過ちに気づくのでした。
核、それを利用しての原発。理想的なエネルギーだ、お金になる、って喜んで進めてきた人類。
でも、広島、長崎、スリーマイル、チェルノブイリ、そして福島第一原発。
これだけの経験をしても気づかぬ私たち。
失ってしまうまで、地球が亡くなるまで、気づかぬままなのか。
って、そう思ったわけです。
そんな、ひねくれた見方をせずとも、よい映画だと思います。
一緒に行った娘も「三回泣いた」と言っておりました。
(あ、そもそもこの試写会は娘が当選して、私はご相伴にあずかったのです)
観て損はない映画だと思います。