指揮者 佐渡裕。
ブザンソン指揮者コンクールでの優勝以来、同年代(佐渡さん1961年生れ、私1960年生れ)ということもあり、ずっと気になっていた存在。
その後、吹奏楽へも情熱を傾け、シエナ・ウィンドオーケストラの常任指揮者として活躍したり、TV朝日「題名のない音楽会」の司会をしたり、その活躍を目にする機会も増え、その人となりを知り、より親しみを感じるようになりました。
大好きなアーティストです。
佐渡裕「僕が大人になったら」(PHP文庫)
この「僕が大人になったら」は、その佐渡裕さんが「CDジャーナル」での1997年5月号から2001年4月号までの連載コラムをまとめた文庫オリジナル本。
当然、昨年、2011年5月20日 ベルリンフィル定期演奏会で指揮台に立つことになるとは知る由も無い時期の文章なわけです。
それだからこそ、この本の中でも繰り返し語られるベルリンフィルへの熱い想い、その想いが、夢を持ち続けることが、夢を実現させたのだとストレートに感じられます。
辻元清美(1960年生れ)がピースボートをして、平和運動を労組や新左翼の党派的なものから一般市民の地平に近づけた存在であるとすれば、佐渡裕はクラッシック音楽を高尚な難解なものから誰でも楽しめる音楽にしてくれた貴重な存在であると思っています。
もちろん、辻本清美には小田実、佐渡裕には小澤征爾、レナード・バーンスタインという素晴らしい先達の存在があったからこそでもあります。
この本には、前述した佐渡さんのベルリンフィルへの熱い思いの他、音楽に対する情熱や佐渡さんの人となりが、そのまま、ストレートに分かるエピソードが満載です。
たとえば、坂本龍一さんとの共演することになり打合せの時に坂本さんに、
「僕でいいんでしょうか?向いてないと思うんですけど。僕って暑苦しいですよ、汗臭いですよ」と言い続けた。
思わずこの一節に爆笑!
海外でも日本でも活躍する大指揮者、マエストロですよ。
威張ったり、尊大な態度など、もちろんとるはずはない方ですが、それでも、そんな遠慮することなんかないのに…
これぞ佐渡さん、って感じです。
佐渡さんの、音楽に対する考え、現在までの活動の根源がよく分かる学生時代からの友人、ファゴット奏者九内秀樹さんとのエピソードがあります(76p)。
お二人が京都芸大の学生だった時の話し。
九内さん(吹奏楽出身でクラシックを専門に勉強してきたわけではない)が、ある日「チャイコフスキーの5番知ってるか?」と聴いてきたそうです。
佐渡さんは幼い頃からクラシックをずっと勉強してきているので、そんなことも知らんのか!という感じで「あたりまえやろ!」と答えたそうです。
九内さんは、「ええなぁ、チャイ5!」といって、音程の外れた鼻歌のメロディを交えながら、とうとうとチャイ5の魅力を語り続けました。
そこで、佐渡さんは、自分が知識や技術に捕らわれて、純粋に音楽に感動を見いだせなくなってしまっていること、「音楽バカ」になってしまっていることに気づき、子どもの頃のように純粋に感動した音楽の魅力を、多くの人に伝えたい、と思うようになったそうです。
他にも、佐渡さんとその周囲の方たちの素敵なエピソードや、首席指揮者を勤め育て上げたフランスのラムルー管弦楽団始めとしたオーケストラとのやりとり、音楽づくりの逸話など、魅力がいっぱい。
文章も、テレビで拝見するように飾らず、情熱にあふれたその人柄そのもの。
平易な言い回しで、クラシック音楽の難解なイメージからはほど遠いものです。
より、佐渡さんが好きになり、佐渡さんがオーケストラとつくり上げた音楽を聴きたくなりました。
新しい年の初めにぴったりの、元気のでる、夢と希望を持たせてくれる一冊です。
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